大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)6392号 判決

原告 清水忠治郎

右訴訟代理人弁護士 河田毅

被告 紺田冨美雄

右訴訟代理人弁護士 高橋吉久

主文

被告は原告に対し、金九〇万五、〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年一二月二一日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告において金二〇万円の担保を供するときは、第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一、申立

一、原告の求めた裁判

被告は原告に対し、金九〇万五、〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年一二月二一日以降完済まで年六分の割合による金員の支払いをせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行宣言。

二、被告の求めた裁判

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、との判決。

第二、主張

一、請求原因

(一)、訴外紺田木材装備株式会社(以下、訴外会社という)は昭和四二年一一月初ごろ訴外島津春男(以下、単に島津という)宛に別紙目録記載の約束手形四通(以下、本件各手形という)を振出した。

(二)、島津は、同目録(一)記載の手形を昭和四二年一一月一日に、同目録(四)記載の手形を同月三〇日にそれぞれ大阪庶民信用組合に裏書譲渡して割引いてもらい、さらに、同目録(二)、(三)記載の各手形を同月二一日明治信用金庫に裏書譲渡して割引いてもらったが、右被裏書人において期日にこれを支払場所に呈示したところ、いずれもその支払いを拒絶されるにいたった。

(三)  そこで、右各金融機関に対し島津の負担すべき債務について連帯保証をしていた原告は、右金融機関の請求により、島津の連帯保証人としてやむなく右各割引手形をその額面金合計九〇万五、〇〇〇円で買い戻したが、振出人たる訴外会社、裏書人たる島津はいずれも当時すでに倒産してしまっていたため同人らにこれを求償することができず、結局原告は右金額相当の損害をこうむるにいたった。

(四)、ところで被告は、昭和四二年一〇月ないし一一月当時訴外会社の代表取締役であったもので、本件手形も被告がその地位において島津に対する融通手形として振出したものであるが、当時訴外会社は二、四六〇万円の累積赤字をかかえて資金繰りに行き詰り、満期に本件手形の支払いをすることはきわめて困難な状況であったものであって、振出当時からそのことが十分予想されたのにかかわらず、被告は訴外会社の代表取締役としてあえて本件各手形を振出したものであるから、取締役の職務を行うについて悪意または重大な過失があったものというべく、商法二六六条の三により原告のこうむった前記損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

(五)、よって原告は被告に対し、右損害金九〇万五、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四五年一二月二一日以降完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴に及んだ。

二、被告の答弁

(一)、請求原因第一、二項の事実は認めるが、同第三項の事実は争う。すなわち、本件各手形がその支払期日に支払いを拒絶されたのち、これを割引金融機関から買い戻したのは島津であり、原告は島津からその裏書譲渡を受けたものである。のみならず、訴外会社はかねてより島津との間で融通手形の交換を続けていたものであり、本件各手形についても、島津より訴外会社宛に各同額の融通手形が交換的に振出し交付されていたところ、原告は島津と親戚の間柄にあり、同一の建物内で営業していた関係もあって、島津と訴外会社との間で右のように融通手形が交換されていた事情を知悉しており、また、同四二年一二月八日に島津が不渡手形を出して倒産したこともよく知っていたものであるから、それ以後に裏書譲渡を受けた本件各融通手形についても、期日に支払われないであろうことを承知のうえでこれを取得したものというべく、いずれにせよ、原告としてはなんらの損害もこうむっていないといわなければならない。

(二)、同第四項の事実のうち、被告が訴外会社の代表取締役として本件各手形を振出したこと、昭和四二年一一月末現在訴外会社の累積赤字の額が二、四六一万円であったことはいずれも認めるけれども、その他の点は争う。すなわち、訴外会社は昭和二二年四月家具類の製造販売を主たる目的として設立された会社であり、同四一年一一月から本店および工場を堺市に移転して室内造作装備に主力を注ぐこととなったものであるが、転換した新営業に不馴れであったことや熟練した職人がいなかったことなどから、経費のみ増大して売上げが伸びず、右のような赤字を出すにいたったことは事実である。しかしながら、本件各手形の振出当時、期日にその支払いをなしうる見込みは十分あったものであって、そのことは次の各事実からも明らかというべきである。

(1)、訴外会社の取引銀行である大阪中央信用金庫(日本橋支店)および浪速信用金庫(東天下茶屋支店)に約三九〇万円の定期預金、積立金等があったこと。

(2)、昭和四二年二月二五日、被告所有の土地建物に根抵当権を設定して、大阪相互銀行との間に極度額一、〇〇〇万円の相互銀行取引契約を締結していたこと。

(3)、昭和四二年一一月当時の訴外会社の売掛未収金は約三九〇万円であって、これを回収するだけでも本件手形の支払いは容易になしえたこと。

ところが、訴外会社が訴外定久商店宛に振出していた同四三年三月五日支払期日の金額四〇万円の支払いができなかったことから、同商店において訴外会社の木材を多数持ち去るにいたり、事業の継続が事実上不能となるにいたったものであって、それが同時に本件各手形不渡りの直接の原因となったものである。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、請求原因第一、二項の事実についてはいずれも当事者間に争いのないところ、≪証拠省略≫によれば、島津が昭和四二年一二月ごろ不渡手形を出して倒産し、行方をくらましてしまったこと、一方、原告はかねてより、島津が大阪庶民信用組合、明治信用金庫等との間の継続的金融取引契約にもとづいて同組合などに対して負担する債務について連帯保証をしていたため、約定にもとづいて、右信用組合および信用金庫から、島津の連帯保証人として本件各手形の買戻しをするよう請求されるにいたったこと、そのため、原告は、これに応ずるのやむなきにいたり、買戻代金と右信用組合および信用金庫に対する預金債権とを相殺する方法によって期日前に額面金額合計九〇万五、〇〇〇円でこれを買戻したこと、その後、支払期日が到来し、前記のとおり右手形はいずれも不渡りとなったが、振出人たる訴外会社ならびに被融通者である島津両名とも当時すでに倒産してしまっていたため、同人らにこれを求償することができず、結局、原告において右金額相当の損害をこうむるにいたったことがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二、しかして、被告が訴外会社の代表取締役として本件各手形を振出したものであることは当事者間に争いのないところ、原告は、被告が訴外会社の取締役として右手形を振出すについては、商法二六六条の三にいう悪意もしくは重大な過失があったものであると主張し、被告はこれを争うので、以下この点について検討するに、≪証拠省略≫を総合すれば、次のような事実を認めることができる。

(一)、訴外会社は家具類の製造販売を目的として昭和二二年四月ごろ設立された会社であって、大阪市天王寺区伶人町に本店を置いて比較的順調に営業を継続してきたが、昭和四一年一一月ごろ本店および工場を堺市に移転するとともに、従来の家具製造販売業から室内装飾を主とする営業型態に転換して以来、職人が新業種に不慣れであったために生産が上らなかったり、一般に工賃が高騰したことなどから次第に営業成績が悪化するにいたった。

(二)、その結果、昭和四二年一一月末日現在で、訴外会社には、三九〇万円の預金債権、約二七二万円の売掛金債権、一二〇万円の未収金を含む三、三二一万円余の資産があったけれども、他方、一、九三三万円余の支払手形債務、一、八七八万円余の一般借入金債務、一、四二三万円余の銀行借入金債務を含む五、七八五万円余の負債があり、差し引き二、四六一万円余の赤字となっていた。

(三)、一方、島津はかねてより西日本木材工業の名称で木材等の販売業を営み、昭和四二年五月ごろ訴外会社の会計係をしていた友人の堀江文雄の紹介で被告と知り合ったのち、同会社と木材の取引をするようになったが、その当時から極度に資金繰りに窮し、従兄弟の原告に資金の融通をしてもらったり、街の金融業者から高金利の資金の貸付けを受けたりして一時しのぎをするうち、やがて、訴外会社との間で互に融通手形を交換するようになった。

(四)、しかして、本件各手形もすべて、島津から訴外会社宛に振出された同金額(ただし、支払期日は島津振出の手形の方が二、三日早くなっている)の融通手形と交換的に振出された融通手形であるが、当時島津の経営状態が右認定のとおりであったため、同人において満期に本件各手形金の払込みをなしうる見込みはほとんどなかったところ、はたして同年一二月初ごろ島津は不渡手形を出して倒産し、行方をくらましてしまった。

(五)、その後、訴外会社の資金状態もさらに悪化し、同四三年一月三〇日支払期日の金額一九万〇、六〇〇円および三二万四、九〇〇円の同会社振出の手形が預金不足のために不渡りとなるとともに、危険を感じた債権者が押しかけて在庫の木材を持ち去ったようなこともあって、ついに同年二月五日倒産のやむなきにいたった。

(六)、なお、被告は、その個人所有にかかる堺市南島町四丁一四八番の八所在の土地建物につき、同四二年二月二五日訴外会社を債務者として、株式会社大阪相互銀行に対し元本極度額一、〇〇〇万円の根抵当権を設定しているけれども、本件各手形の振出当時、右根抵当の基本契約たる与信契約上、なお借入れの余裕があったことを窺わせるような事情はなんら見当らない(しかも被告は、同四三年一月一八日右土地建物を訴外株式会社大東装備工芸に売り渡してしまっている)。

以上のような事実であって、右認定の事実関係からすれば、本件各融通手形の被融通者である島津が満期に手形金の払込をなすものと予測できるような事情はなんら存在せず、また、訴外会社も満期に右手形金の支払をなすことが極めて困難な状態にあったものであって、その代表取締役である被告においても、手形振出当時このような事情を当然に予見しえたものと認めるのが相当であり、≪証拠省略≫中、これに反する部分は前記事実関係に照らしてにわかに措信しがたく、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。そうだとすれば、被告がそのような事情を予見することなく漫然と本件各手形を振出したことについては、商法二六六条の三第一項にいう重大な過失があったものと解すべきであり(最高裁判所昭和三四年七月二四日第二小法廷判決、民集一三巻八号一一五六頁参照)、かつ、右過失が、訴外会社の代表取締役たる被告がその職務を行うについて犯したものであることは前記事実関係に徴して明らかなところであるから、被告としては、右法条に基づき、原告のこうむった前記損害の賠償をなすべき義務があるといわなければならない。

三、以上のとおりであるとすると、被告は原告に対し右損害金九〇万五、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四五年一二月二一日以降完済まで民事法定利率年五分(商法二六六条の三第一項の取締役の責任を特別の法定責任と解するにせよ、また、これを特殊の不法行為責任と解するにせよ、いずれにせよ、その損害賠償債務を商事債務とみることはできない)の割合による遅延損害金の支払いをなすべき義務があり、原告の本訴請求はその限度で正当であるからこれを認容することとし、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原弘道)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例